さくら猫&光にゃん氏の『にゃん氏物語』
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2002年12月15日(日) にゃん氏物語 夕顔20

光にゃん氏訳 源氏物語 夕顔20

空蝉の継娘は蔵人少将と結婚したという噂を源氏は聞いた おかしな事だ
新妻なのに少将はどう思うかなと同情し また空蝉の継娘はどんな気持ち
だろうと小君を使いにして手紙を送った

死ぬほど精神的に苦しんでるのがわかりますか
『ほのかにも軒ばの荻をむすばずば露のかごとを何にかけまし』
たった一夜でも軒端の萩の契りを結ばなかったら わずかな文句も
なんで言えようか

手紙を長い荻につけて そっとみせるように言ったが 源氏は内心では
少将に見つかったときでも私が相手なら許してくれるという高慢な態度も
あった 小君は少将の来ていないヒマを見て手紙を見せた 恨めしくも
自分を思い出して情人らしい手紙を送ってきたのは 憎めなかった
良い歌で無いが早いのが取柄と 書いて小君に返事を渡した

『ほのめかす風につけても下荻の半ばは霜にむすぼほれつつ』
逢う機会をほのめかす手紙を見るにつけ草木の下の荻が霜にあたったよう
に軒端の荻は貴方を心待ちにする一方で半ば思いしおれている

下手な字をしゃれた書き方でごまかしている品の悪いものだった 灯りの
前にいた夜の顔も思い出される 碁盤を中にして慎み深く向かい合う人の
姿態には どんな顔でも幻滅しない良さがある 一方は何の深みも無く
若さではしゃいで得意そうであったと源氏は思い出すが それも憎めない
まだ軒端の情事は清算されたものではなさそうだ

源氏は夕顔の四十九日の法要をそっと比叡山の法華堂で行わせた
それはかなりのもので簡略せずに行われた 惟光の兄の阿闍梨は人格者
であると言われている僧で 全部引き受けて行うのである 源氏の詩文の
先生で親しくしている文章博士を呼んで 願文を書かせた 普通と違って
故人の名は出さずに 死んだ愛人を阿弥陀仏に託するという意味を 愛を
込めた文章で源氏は下書きした 「このままでよいです 筆を入れて直す
ところはありません」と博士は言った 感情をおさえていた源氏の目から
涙がこぼれて 堪えがたく見えた 博士は「どんな人だろう そんな人が
亡くなった話は聞かないが 源氏の君があんなに悲しむほど愛された人は
よほど幸運の持ち主だ」と後に言った
作った故人の衣装を源氏は取り寄せ 袴の腰に

『泣く泣くも今日はわが結ふ下紐をいづれの世にか解けてみるべき』
泣きながら今日は私が結ぶ袴の下紐だが いつの世にか再会して
下紐を解いて 二人がむすばれることができるだろう と書いた

四十九日間この世をさまよう霊魂は 未来のどの道に行かされるのかと
いろいろ想像しながら源氏は般若心経の章句を唱えていた 頭中将に
逢うといつも胸騒ぎで 故人が撫子に例えた子供の近況を知らせたいが
恋人を死なせた恨みを聞くのが辛くて うちあけなかった


さくら猫にゃん 今日のはどう?

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