短いのはお好き?
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口が半開きで、目のうつろなパジャマ姿の男がひとり、看護士に付き添われ、あゆむの前をのろのろと通り過ぎてゆく。
薬づけになった彼の歩き方は、さながらゾンビのようにソラジン歩きをしているのだった。
診察室に面した長い廊下に置かれたビニール皮のソファに浅く腰掛けているあゆむは、ふと己の男としての証しである股間に目をやった。
こんなものいらない……。
と、急に尿意を覚えたあゆむは、ゆっくりと立ち上がり、トイレへ向かう。
がらんとしたトイレのなかでひとり朝顔に立ち向かい、放尿するあゆむ。
あゆむは考える。 ……社会の窓とはよくいったもんだ。でも、この表現は内からの見方であって、外から見たのではそうはいえない。なぜなら、内から外を見るその行為が、社会の窓の役目だからだ。
プルプルと振る。
隠そうとするから駄目なんだ。
あゆむは、ボロンと出したまま手を洗い、そのまま廊下へと出た。
通りかかった看護婦が目を剥いた。
「早くしまって!」
あゆむは、平然とソファに座る。
困った人ね、と看護婦がかがみ込んで無造作に親指と人差指で摘まんだ。
「実験の邪魔しないでほしいな」と、あゆむは冷たく低い声音で言い放つ。
「実験?」そういいながら、看護婦はあゆむのモノをつまんだままゆっくり頭を上げて、遠くの方を透かし見ているような涼しげなあゆむの眼差しを捉えた。
しかし、そのあゆむの眼差しは、当の看護婦の瞳を透過して別なものをそこに見ていたにもかかわらず、看護婦は己の魂の奥底まですっかりと覗かれてしまったように感じ、襟足の辺りにぞくっと鋭利な刃物を突きつけられたような悪寒が走ると、我知らず何かにすがりつきたくなって、あゆむのモノを固く握り締めていた。
「いつまでそうしているつもりですか?」
その声に、はっと我に帰った看護婦は、どぎまぎしながらも自分の看護婦としての威信を取り戻そうと試みたようだったが、その葛藤ははかなくも破れさり、一個の女性として、最後の一瞥をあゆむのモノに投げかけながらシナをつくって、そそくさと歩み去っていった。
(※ソラジン――精神分裂病の鎮静剤)
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