華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2002年07月16日(火)

浪速の聖母の安息日。 〜大阪〜

<前号より続く>


2週間後の水曜日。朝8時前。
俺は近鉄名古屋駅にいた。
近鉄難波駅行きのアーバンライナーに乗るためだ。
駅は出勤ラッシュで込み合う。

俺は朝食のサンドイッチと缶コーヒー、雑誌を買って
指定席車へ乗り込んだ。

8時丁度にホームから滑り出したアーバンライナーは、
途中停車駅も無く、近鉄鶴橋駅まで行く。

到着まで約2時間。
一眠りしようとも思ったが、どうも期待と緊張からか眠れない。
何度も同じ雑誌をめくったり、窓の外を眺めたりして落ち着かない。

三重県から奈良県に入る頃。
森の中を走る列車。
どんよりとした雲が垂れ込め、水滴が幾筋も流れていく。

雨だ。



10時過ぎ。
俺は鶴橋駅に降り立つ。
駅高架下に活気付くコリアンタウンが見える。
高校生の頃、大学受験で何度か利用したので覚えていた。

先ほどの雨も、奈良県内で降っていただけのようだ。
薄い雲が大阪の空一面を覆っている。

鶴橋駅の構内まで迎えに来てくれることになっているので、
予定ではチエミはもうこの駅のどこかにいるはずだ。
しかし行き交う人が多すぎて、それらしき女性が見当たらない。

予定より10分ほど過ぎた。
気が焦る。


売店横の公衆電話の脇。
俯いて立つ、それらしき女性を見つけた。

小柄で細身、黒髪のセミロングで、緩やかなパーマ。
分厚いレンズのメガネをかけ、地味な印象。
ピンクのカーディガンに、スカート、黒い手提げバック。
顔色が悪いのか、色白さを通り越して、青白い程だ。

そして草臥れ、疲れがにじみ出ている。
小さな身体が余計に小さく見える。


「チエミ、さんですか?」
俺が声を掛けると、俯く顔を上げ、俺をはっとした表情で見る。

 「はい・・・・・・平良、さん?」
「良かった、逢えましたね!」

チエミは僅かに頬を緩ます。
やはりその草臥れた女性がチエミだった。

「どこに行こうか」
 「どこでもええよ、分るところなら」

「じゃ・・・通天閣!」
 「そんなら、天王寺まで行かんとな」


俺とチエミは同じ鶴橋駅構内のJRのホームへ移動し、
天王寺までの切符を購入した。

オレンジ色の大阪環状線で、天王寺駅まで向かう。
たった数分の移動。


そこで駅を出て、二入で通りがかりの喫茶店に入った。
ゆっくり話もしたい。

俺はホットコーヒー、チエミはミックスジュースを注文。

チエミは改めて緊張している様子で、なかなか話し掛けてこない。
そして俺の問いかけにも、返事程度しかしない。

打ち解けきれないまま、刻々と時間が過ぎていく。


 「あのな・・・・」
「なに?」

チエミがようやく自分から話し掛けてきたのは、
とっくに冷めたコーヒーが一口ほどカップの底に残る頃だった。

 「いつも施設に行くの嫌がる大樹が、今日はすごく機嫌よくてな」
「うんうん」

 「素直に、それも笑顔で施設に入ってくれはったわ・・・・」
「そうか」

 「こんなこと今まで無かったのに・・・分かるんやね、母親の気持ちが」


自閉症児や知的障害児、学習障害児は近親者の心の動きが分かるのだ、
と聞いたことがある。

その人が機嫌が良いと本人もよく笑い、機嫌もいい。
逆にその人が何か落ち込んでいたりすると、本人は愚図ったりする。

大樹は旦那や姑に一切なつかず、泣き喚いたそうだ。
チエミが彼らに対して持つ不快な感情が敏感に伝わっていたのだろう。


自閉の名前には「自ら他者との関係を絶ち、心を閉ざす」意味がある。

父や祖母など、人間味のない腐った肉親どもから、大樹は自ら関係を閉ざした。
言葉も相手への思いやりも捨て、自分の世界に心を閉ざしたのか。

自分の都合だけで殻に閉じこもる「引きこもり」とは違う。


そんな大樹が今日、とてもご機嫌だったということを逆に言えば、
それだけチエミが今日を楽しみに、心待ちにしていた、ということ。

そう考えると、名古屋から出て来た甲斐があったというものだ。



 「私、今日、ホンマに逢えるんかなって不安やった」
「俺もね、チエミさん見て思ったことがある」

 「ん、なに?」
「こんな大人しい女性が電話の向こうで淫乱な事やってたんだなって」

 「・・・恥ずかしい事思い出させんとって、アホ」


俺はこうしてたまにトリッキーなジャブを繰り出す。
チエミがはじめて赤らめた頬を緩めた。
固いガードを突き崩せたようだ。

チエミもジュースを飲み干す。
俺は残りのコーヒーをグイッと飲み干し、二人で外へ出る。


天王寺駅から続く高架沿いを歩いていく。
「新今宮の方が近かったかな?」などと話しながら、
天王寺公園脇を通り過ぎ、フェスティバルゲートの交差点を右に曲がる。

目の前に、大きくそびえたつ通天閣が見えてきた。
エッフェル塔を模して作ったといわれる代表的な大阪のシンボルだ。

新世界と呼ばれるこの下町は、午前中ということもあって
労働者風の初老の輩や近所のおばさん達が数人歩いているだけで、やけに静かだ。
ここは夕方から夜になると、街の表情が一変するのだ。


到着した通天閣の展望台にのぼった。
おそろしくゆっくりと上昇するエレベーターが印象的だ。

フロアにはお土産屋、コインスコープ、そしてビリケンの木像。
東側には天王寺公園、そして動物園が眼下に広がる。
西側の真下には阪堺電軌鉄道、遠くに大阪ドームまで見える。

「私もここまで来た事無いよ」
チエミも笑いながら展望を楽しむ。

平日の昼前の大都会。
阪神高速や幹線道路には、大小様々な車がまるで動脈の血流のように
絶えず流れ続けている。



昼食後、俺たちは日本橋からなんばシティまで散策がてら歩く。
俺はチエミとそっと手をつないだ。
俺流の演出である。

チエミは俺の手が触れた一瞬、手を引っ込めたが、
そのままそっと握り返してくれた。
その手の柔らかさは、母の手独特のものなのかもしれない。



難波名物のアメリカ村を歩き、
阪神高速環状線の桁下に立ち並ぶホテル街に出た。

「そろそろ、入ろうか・・・・」
俯くチエミを引き寄せ、そっと耳元で囁く。
身を固くしたが、一度頷いた。

適当に綺麗そうなホテルに入る。

俺の予想とは違って、思ったより古い造りだった。
部屋は壁紙から照明から紫色で統一され、
お世辞にもセンスの良い部屋ではなかった。


<以下次号>







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