華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜 | ||
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2004年03月01日(月) 午前1時の情事。 〜熱帯夜〜 |
あなたにとって、一番大切なものは何ですか? それは、本当に大切なものですか? その大切なものを、あなたは本当に大切にしていますか? 過度の湿度が睡眠を妨げる、文字通りの熱帯夜。 七月の上旬、梅雨も終盤を迎えた頃だった。 フロントパネルの時計は、午後11時半を過ぎていた。 いつも利用するテレコミで話が盛り上がったバツイチ主婦・瑶子と逢う事になった俺は、 彼女が住んでいる小牧市の新興住宅地・桃花台へと車を走らせていた。 連日の激務で確かに俺の肉体は疲れていた。 それでも自らの基礎体力を信じて、突き動かされるように行動する。 それだけの価値がある女だと、信じていたからだ。 これからの、瑶子との逢瀬に胸をときめかせていた。 車のクーラーを強めにして、深夜の高速道路をひた走る。 両脇に一軒ずつあるラブホテルを眺めながら、東名高速・春日井ICを降りて 北側へ走ること20分ほど。 時折停まっては地図で位置を確かめながら、交差点の名前を確認しながら、 初見で不慣れな夜の道を突き進む。 目印になるピーチライナーの高架線を見つけ、それに沿って桃花台の中心部へ 向かっていった。 待ち合わせ場所に指定してきた街の中心部にあるコンビニの駐車場には、 もう深夜12時過ぎという遅い時間にも関わらず、何台もの車がある。 停まっている車種といい改造具合といい、入り口や窓脇にたむろする客層といい、 あまり健全な雰囲気とは言い難い。 「あたしね、黄色い軽にもたれて待ってるから」 そんな瑶子の口約束を何度も何度も脳裏にリフレインしながら、 俺は駐車場に車を入れてハンドブレーキを引き、辺りを見回す。 駐車場脇の水銀灯に下に停まっていた、背の高いツーボックスのワゴン。 黄色い軽自動車である。 その大きいバックドアに可愛いキャラクターのシールが貼ってある。 一目で子供のいる家庭の車だとわかる。 その横にもたれて、一人の細身の女性が待っていた。 卵型の顔に目鼻立ちがくっきりとした、相当の美人だった。 軽いウェーブのかかった茶髪。 小柄だが、細いジーンズを履きこなす無駄のないスタイル。 一気にアドレナリンが駆け巡る。 蒸し暑いこの時期に不似合いなデニム地のオーバージャンパーを羽織る。 まるで得体の知れない男と初めて逢う、その不安から身を守る鎧のようだ。 どこか落ち着かない様子でたたずむ彼女。 俺は彼女に向かって二度三度とパッシングする。 気付いた彼女に、俺は右手を差し上げて微笑んだ。 俺に向かって安堵したような微笑みを浮かべて近づいてくる。 「待たせたね」 「平良、やっと逢えたね・・・」 車から降りた俺。 ドアを閉めたと同時に、瑶子は人目をはばからず、いきなり抱きついてきた。 いくら何度も電話で話したとはいえ、初対面の俺にだ。 瑶子から漂う、芳醇なシャンプーの甘い香りを胸一杯に吸い込む。 思わず細い身体を抱く腕に力を込めてしまう。 「ゴメンね・・・遠かったでしょ?」 「いいや、これから慣れれば、何の問題も無いよ(笑)」 俺の自宅から、瑶子の住むこの街まで、高速道路を利用して約1時間。 営業車で走り回る俺としては、これしきの距離など遠いうちには入らない。 「じゃ、車をここに停めて、私の車に乗ってくれる?」 「・・・えっ?」 瑶子の全く予想外の言葉に、俺は思わず聞きなおしてしまう。 彼女が住む古い公団住宅では、近年の住人の増加で駐車場の余裕が無いそうだ。 よって、住人以外の車は路上駐車になる。 それに加え、最近駐車禁止の取り締まりも厳しくなったそうだ。 そのためにも、車をここに置いて行くのがベストだという。 俺もこのコンビニの下品な客層もあって、その決断に多少迷ったものの、 ここで車を停める事にした。 俺は車からカバンだけ取り出し、しっかりとロックを確認する。 エンジンを掛けて待っていた瑶子の車に乗り込む。 車内は幼い娘のものらしきぬいぐるみやアクセサリーが点在する。 「ゴメンね、とっ散らかってて」 そう気を遣う瑶子。 俺は笑って受け流す。 子供のいる家庭の車なのだ。仕方ない。 キーを差して回し、シフトレンジをバックに入れ、静かに車を出す。 信号待ちの時間も含めて、約2〜3分間のドライブ。 ふと右に顔を向けると、流れるオレンジの街灯に次々と照らされる瑶子の顔がある。 「何?顔に何かついてる?」 「いや、こんな顔した女だったんだなぁって思ってね」 「恥ずかしいじゃない・・・」 照れて笑う瑶子の表情が印象的だった。 「うちね、ここよ」 俺は顔を上げて景色を見た。 暗闇の中でほのかに光る、必要最小限の街灯。 ここがその公団住宅のようだ。 器用に狭い駐車場へ乗り入れ、俺と瑶子は車を降りた。 熱帯夜の、粘り気すら感じる湿気を帯びた熱気が一気に俺達を包む。 瑶子は俺の腕を取り、組みつく。 その肌には、ジンワリと滲んだ湿り気を感じた。 素人目に見て分かる、古い作りの4階建ての公団住宅。 その4階に瑶子の自宅がある。 ローマ字で彫ってある表札が掛っていた。 瑶子はそっと俺を制し、ここで待つように囁いた。 静かに鍵を差し込んで右に回し、音を立てないように鍵を開ける。 先に瑶子がこっそりと部屋に入り、娘が起きていないか部屋中の気配を察した後、 俺を招き入れる。 俺も音を立てないよう、細心の注意を払って靴を脱ぎ、お邪魔した。 真っ暗な部屋。 瑶子が足音を立てずに居間に立ち入り、壁のスイッチを入れる。 天井の蛍光灯がちらついて点灯し、部屋の様子が明らかになった。 襖を取り払った和室に絨毯を引いた空間。居間だった。 俺は脇にあるソファに座った。 瑶子は戸棚からグラスを二つ出し、冷蔵庫から麦茶を入れてくれた。 「今ね、少しずつ引越しの準備をしているの。ここも散らかってるね」 小声でそんな事をいいながら、今の状況を説明してくれる。 実は、瑶子は再婚に向けての準備の最中だった。 俺は、実はこの時点で瑶子の真意が解からずにいた。 彼女や娘にとって大切な時期に、テレコミで出逢った俺なんぞを部屋に招き入れる。 本来ならば、再び訪れる幸せに直向きになっても良いはずなのに。 この後の展開は、男と女である限り、互いに語らずとも理解しているのに。 俺は不思議な謎解きを始めてしまった。 そんな部屋を一通り見回したあと、俺は瑶子に尋ねてみた。 「もう新居は決まっているの?」 「うん、でもいきなり一度に運ばすに、少しずつね」 「でも娘さんの学校だってあるでしょ?」 「もうすぐ夏休みだから・・・その間で必要なものは移してしまうつもり」 「そうか・・・じゃ俺がここにくるのも、あと僅かなんだね(笑)」 「でもね、ここは暫く置いておくつもりなんだ」 「そうなの?じゃ今後は、もしかして浮気用?」 「・・・平良のために取っておこうかな?(笑)」 「嘘つきだなぁ(笑)」 ほんの数日前。 俺とテレコミを通じて知り合い、随分打ち解けた後のことである。 瑶子は受話器の向こうで、夜中なのに声をあげて泣いていた。 俺はただ黙って、瑶子が泣き止むのを待つしかなかった。 会社に雇われた『テレコミレディ』という職業上、彼女達は会社から与えられた プロフィールで客と話を進めていくのが前提となる。 若い主婦を望んでいる客には「今回は25歳の子持ち主婦で通して下さい」、 この老人は未亡人希望なので、「38歳の未亡人でやってください」 ・・・などという具合だ。 話が上手くて機転が利く瑶子は、客からの多様多彩な要望を叶える為に 会社から相当無理な条件を与えられたらしい。 会社の人材不足を補う、小手先の工夫だ。 『第二の自分』といえば聞こえも良いだろうが、それは「嘘の自分」である。 職業上、無粋な客も多い中でその嘘は女性を保護する砦でもあるが。 ただその嘘も、大きく偽れば偽るほど精神的な負担も重くなる。 瑶子は電話で話すうちに、俺の事を相当気に入ってくれたそうだ。 しかし、俺への「条件」が「嘘の自分」となって彼女の首を絞め続けた。 瑶子が泣いた、その夜。 偽りを貫き通す事に、もう疲れていたと呟いた。 その他様々な不満が溢れ出て、彼女の自制心を超えて止まらなかったのだ。 俺に対しての瑶子は「28歳、子どもなしのバツイチ主婦」ということになっていた。 仲良く話をしていく間に、彼女の好意と反比例して嘘への不安が募っていく。 俺も瑶子の事が気に入っていた。 しかし彼女からすれば、俺は「嘘の彼女」を気に入っていることになる。 本当の自分と、嘘の自分は違う存在ではないか? 嘘の自分を気に入った、という事は・・・本当の自分は受け入れられないのか? 彼女が抱き続けていた不安。 ふとそんな言葉を口にした彼女に、俺は答えを出した。 「嘘じゃなくて、ただそういう設定であるだけなんだし、気にしないで。 本当の自分を勇気を出して告白してくれたことが嬉しいよね。 例えどんなあなたでも、俺はそんな瑶子の事が好きだよ」 そんな偽りで塗り固めていた自分の事を受け入れてくれた、 という不安からの解放から、強く張り詰めていた心の糸が音を立てて切れた。 「ねぇ、じゃあ本当の事を全部話すね。 だから、私の事、嫌になってもいいよ・・・」 これだけ仲良くなったら、是非逢いたいね・・・という話を切り出した頃。 覚悟の告白が始まった。 <以下次号> |
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